へらへら笑ってちょっと優しくすれば女の子と付き合うことも、キスもそれ以上もすんなり出来た。


でも別に愛が欲しいわけじゃない。


ただ性欲のはけ口になって欲しいだけ。


「黄瀬くん、私本気なの。黄瀬くんのことが好きなの…」


衣服の乱れも正さぬまま、行為後で渇いた喉を潤すために水を飲んでいたオレにぽつり。


女の子は恥じらったように、計算された視線をオレに向ける。


オレはそんな女の子ににこりと笑って一言。


「君の気持ちはよく分かったっス。…別れよ」


―…なにが、身体だけの関係でいい、だ。


結局彼女も駄目だった。


「また振ったのかよ」


つい昨日の出来事を思い出していると、ばしっ、と頭を叩かれて後ろを振り向く。


そこには笠松先輩が呆れたような顔をして、森山先輩はにやにやとした顔で立っていた。


「だって、身体だけの関係でいいっていうから付き合ったのに、好きだとか言うんスもん」


そう唇を尖らせて言うと、笠松先輩にもう一発殴られた。


笠松先輩の後ろにいた森山先輩はオレのそんな姿を見て大笑いしている。


「なあなあ、黄瀬。あの子とかどうだ?絶対に人を好きにならないって噂の名字さん」


散々笑った森山先輩が不意に窓の外の中庭を指差す。


そこには三年生の美人で噂の名字名前先輩。


「名字はやめとけって」


「まあまあ、そう言うなよ。名字さんってモテるけど、告白されたら必ずこう言うんだ。“好きにならなくていいならいいよ”って」


眉を寄せる笠松先輩とは対照的に楽しそうな森山先輩。


笠松先輩が眉を寄せる理由は分かるけど、今のオレにこんないい話しが他にはない。


「流石っスね、先輩!ありがとうございます、早速アタックして来るっス!!」


「今度合コンセッティングしろよ〜」


オレは森山先輩の言葉に頷くと、足早に名字先輩の元へ向かった。


†††


さっき見かけた中庭に名字先輩はいた。


オレは男子に囲まれている彼女を手招きする。


すると、彼女は何の疑いもなしにオレに着いて来た。


「いきなりで悪いんスけど、オレと付き合って下さい。オレのこと好きになんなくていいし、オレも名字先輩のこと好きにならないんで」


そう早口に言うと、彼女は暫くぽかんとした顔をし、そして理解したのかゆっくりと口を開く。


『身体だけの関係ってこと?』


「まあ、簡単に言うとそうっスね」


『分かった』


頷いた彼女を至近距離で観察してみる。


確かにこれはモテるだろう。


さらさらで痛みのない髪に、生まれてから太陽の光を浴びていないんじゃないかと疑うような白い肌。


ぱちりと開いた黒目がちの目に、小さくも桜色に色づく唇。


人目を惹くのも頷ける。


『…何、黄瀬くん』


そんな彼女を見ていたら、無償に触れたくなった。


別にお互い本気じゃないし、嫌われても構わない。


「ね、今からヤらないっスか?」


彼女の手首を掴みながら確信にも似た問い掛けをする。


案の定、彼女は頷いた。


どうやら噂は本当みたいだ。


†††


「っは、何かでも裏切られたなー。触りっこだけとか」


『だってここ、学校よ?いつ見付かるか分からないじゃない』


オレの出した白濁液を飲み込みながら、名前さんは妖艶に微笑む。


今オレ達がいるのは空き教室。


乱雑に並べられた机の割に埃などはほとんどない。


そんな教室の机を使い、触りっこだけをした。


挿れてはいない。


オレは挿れる気で名前さんを押し倒したけど、名前さんの手がそれを許さずにオレのモノを弄り出した。


それにより本番はお預けだ。


「まあ、いいっスけど。名前さん上手いし」


その身体はどれだけの男を受け入れて来たのか。


彼女の愛撫はとても気持ち良かった。


つい少し前まで付き合っていた女も結構な遊び人だったけど、ここまで上手くはなかったことから、かなりの数だと思っていいだろう。


そして、彼女に泣かされた男もまた星の数ほど。


華やかな顔で笑う普段の顔と、情事中の艶やかで切な気な顔。


これに騙されない男はいないだろう。


かくいうオレもドキッとしてしまうくらいだ。


『それは良かった』


そう言って微笑む彼女に、行動を起こして正解だとほくそ笑んだ。


†††


名前さんとの身体だけの関係はかなり長く続いた。


オレの今までの中で断トツで一位の付き合いだ。


半年以上、か。


だけど、彼女に挿れたことはまだ無かった。


今だに触りっこだけ。


お互いの家だとかでヤることもあったが、彼女がオレに挿れられるのをやんわり断るのだ。


この長い付き合いで分かったのは、名前さんは噂とは少し違い、男を本当の意味で受け入れたのは過去にほんの一回あるだけと言うこと。


これは彼女と関係を持っていた人に聞いたから本当の話しだ。


そして、意外とガードの固い彼女との関係が進展しないまま、明日で終わりを迎える。


名前さんは三年生、季節はもう冬から春に変わる。


つまり、彼女は卒業してしまうのだ。


それも、アメリカ留学するらしい。


そう考えると、何故かオレの心臓がわし掴みされたように苦しくなる。


最近では彼女の姿を見るときは、もっとこう…心臓が痛い気までするのだ。


そんな自分の変化をオレは分からないふりをして、今日も彼女をいつも通り呼び出す。


今日は最後だから、オレの家で。


ピンポーン…と呼び鈴が鳴り、オレの家に彼女が訪れた事を知らせる。


オレはパタパタと階段を降りると、彼女を迎え入れる。


そして、すぐにいつもの行為に移った。


『ん、黄瀬くん…。最後だからいれていいよ』


いつものように触ったり、舐めたりしていたら不意に言われた言葉。


オレは彼女の胸に埋めていた顔を上げて、彼女の顔を見る。


「いいんスか?」


『最後だからね。黄瀬くんとの思い出に』


ふわりと切ないような綺麗な笑みで笑う名前さんに、オレの心臓が切なく鼓動する。


だけどそれさえも気付かないふりをして、初めて彼女と繋がった。


†††


情事中、彼女はオレに何かを小さな声でぽつりと零すように言った。


何を言ったのか、オレは聞き取れなかったが、何故か聞き返すべきではないと思ったから聞き返しもしなかった。


壇上で凛とした姿で立つ彼女は、昨日とは別人のようだ。


ぼうっ、と名前さんや笠松先輩や森山先輩を見つめる。


…ああ、まただ。


笠松先輩や森山先輩を見ると、寂しいとかもっと一緒に戦いたかっただとか、そんな清々しい気持ちが生まれるのに、彼女を見るとそうじゃない。


胸がずきずきと痛み、一度気付いたら溢れ出しそうな感情が眠っている感じ。


だけど、不愉快なんかじゃない。


ただ、切なくなるのだ。


彼女がお辞儀をして壇上を降りるのを見て、目頭が熱くなった。


「じゃあな、黄瀬」


無事に式を終えた後、先輩達がオレの髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜたり、別れの言葉を投げかけて門を潜って行く。


オレはそんな先輩達に笑顔でまた練習見に来て下さいっスだとか、声を掛けて見送った。


『黄瀬くん』


最後に笠松先輩と森山先輩を見送った所で後ろから掛かった声。


振り向かなくても分かる。


ゆっくりと振り向いた先にはやはりというか、切なく笑う名前さんがいた。


「名前さん、卒業おめでとうっス」


『うん、ありがとう、黄瀬くん』


ふわふわと彼女の髪が風に揺れるのを見ながら、少し沈黙。


「…アメリカでも、頑張って下さいっス」


そんな沈黙を破り声を掛けると、彼女はふわりと初めて見た時のように華のような笑顔をして別れの言葉を述べた。


名前さんは、オレに彼女の笑顔を鮮明に焼き付けて、門を潜った。


オレは、そんな名前さんの後ろ姿を見て、頬に涙が伝うのを感じた。



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